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東京地方裁判所 平成3年(ワ)7337号 判決

原告

破産者株式会社

ケイ破産管財人

岡田康男

被告

三井物産株式会社

右代表者代表取締役

熊谷直彦

右訴訟代理人弁護士

川津裕司

西本邦男

右訴訟復代理人弁護士

佐藤浩秋

主文

一  被告は、原告に対し、金八〇五二万八八六七円及びこれに対する昭和六三年一二月二八日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

主文と同旨

第二  事案の概要

一  本件は、破産者株式会社ケイ(以下「破産会社」という。)の破産管財人である原告が、被告に対し、破産会社の被告に対する弁済が破産法七二条一号所定の「破産債権者ヲ害スルコトヲ知リテ為シタル行為」に該当するとして、否認権行使による原状回復請求権に基づき、合計八〇五二万八八六七円及びこれに対する最終の弁済時である昭和六三年一二月二八日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

二  争いのない事実

1  当事者

破産会社は、履物の輸出入販売等を主たる目的とする株式会社であり、原告は、その破産管財人である。

被告は、日本有数の商事会社であり、東京証券取引所第一部の上場会社である。

2  破産会社は昭和六二年九月一日から同六三年八月三一日までの第一八期決算において、当期損失が一一億八五九八万一九六〇円に達したところ、同年一〇月一四日、同社の代表取締役であった石井慶一(以下「石井」という。)が自殺した。

3  破産会社は昭和六二年八月から、被告を経由して商品の輸入を行っていたが、昭和六三年七月三一日から同年九月三〇日までの間の取引による破産会社の被告に対する売掛金債務額は合計八〇五二万八八六七円であった。そして、被告は、破産会社から、同年一〇月二一日、右債務の支払のため、別紙手形目録(以下「手形目録」という。)番号1ないし12の各約束手形の振出しを受けた。

4  次いで、被告は、破産会社から、手形目録記載の各手形につき、番号1ないし8の各手形については各満期日に、番号9ないし12の各手形については満期到来前の昭和六三年一二月二八日に、それぞれ次のとおり弁済を受けた(これらの支払を総称して、以下「本件弁済」という。)。

(一) 昭和六三年一二月二日

二四万三一五五円

(二) 同   年 同月一五日

七八万九三一五円

(三) 同   年 同月二〇日

五三八八万二九三九円

(四) 同   年 同月二一日

一〇二万七三四〇円

(五) 同   年 同月二二日

九〇万二五〇六円

(六) 同   年 同月二八日

二三六八万三六一二円

以上合計八〇五二万八八六七円

5  東京地方裁判所は、平成元年一二月一一日の破産申立に基づき、同二年一月一〇日、破産会社に対し破産宣告をし、原告を破産管財人に選任した。

6  原告は、被告に対し、平成三年六月二六日、本件訴状の送達をもって、右4(一)ないし(六)の各弁済行為を否認する旨の意思表示をした。

三  争点

1  〔争点1〕本件弁済当時、破産会社の経営が危機的な状況に陥っていたか否か。

(一) 原告の主張

(1) 破産会社は、右二2のとおり第一八期決算において多額の当期損失を出した結果、約一一億八〇〇〇万円の債務超過の状態に陥り(甲一の2。以下、書証の枝番はアラビア数字で記す。)、同年一二月一日の時点においても、なお合計一八億一四二二万円余りの債務を負う状況であった(甲一の17)。また、同年一一月二二日の時点において、同年一二月の資金繰りについては約三億円の資金不足が生じることが予想されていた(甲一の19)。このように、本件弁済当時の破産会社は、極度の債務超過及び資金不足に陥っていた。

(2) また、破産会社は、石井が全株式の五四パーセントを保有するいわゆるワンマン会社であったところ、同人が突然自殺したことにより混乱状態に陥った。その後、訴外株式会社チヨダ(以下「チヨダ」という。)及び被告ともに破産会社に代表取締役を送り出すことを拒んだため、訴外東洋運輸倉庫株式会社(以下「東洋運輸」という。)の取締役経理部長であった訴外片山弘道が破産会社の代表取締役に就任したが、同人は名目的代表取締役にすぎず、破産会社の事務は、従業員により場当たり的に処理されていた。このように、本件弁済当時、破産会社の会社組織は既に崩壊していた。

(3) さらに、破産会社は、石井の自殺により情報源を失い、商品輸入体制が全く定まらない状況に陥った。また、同社は、石井の自殺後、平成元年八月ころまでは業務を行っていたが、右期間中の業務は、事実上在庫処理のための清算業務のようなものであった。

(4) 以上のとおりであるから、本件弁済当時、破産会社の経営は危機的状況に陥っていたというべきである。したがって、本件弁済は、債権者を害する偏頗行為に該当するというべきである。

(二) 被告の主張

(1) 破産会社には、全国一の靴の小売店であり、東京証券取引所第二部の上場企業であるチヨダが資本参加し、その株式の四〇パーセントを保有していたうえ、破産会社が輸入した商品は、ほぼ一〇〇パーセントをチヨダが買い受けていた。このように、破産会社は、事実上チヨダの海外事業部としての役割を担い、全面的にチヨダの支配下にあった。

(2) チヨダは、被告及び東洋運輸に対し、昭和六三年一〇月一九日、破産会社の事業継続を保証するとともに、そのために同社に対して全面的支援を行うことを確約した。そこで、チヨダ、東洋運輸及び被告は、チヨダが破産会社から引き続き商品を購入すること、東洋運輸及び被告は、各自が破産会社に対して有する債権につき弁済猶予をすること等、チヨダを中心として破産会社を全面的に支援する旨合意し、同年一一月一〇日には、① チヨダが、破産会社の資金繰りに合わせて買掛金債務の期日前弁済を実行するほか、在庫商品の買い上げを行うとともに、少なくとも年間三二億円の商品購入を維持すること、② 東洋運輸及び被告が、破産会社に対する売掛金の弁済期の延長に協力するなどして破産会社の資金繰りに協力すること等を内容とする協定書(甲一の10。以下「本件協定書」という。)に調印した。

(3) また、チヨダ、被告、東洋運輸及び破産会社の四社が参加して再建委員会(後に経営委員会と改称)が、右四社のうち東洋運輸を除いた三社が参加して買付委員会が、それぞれ開かれ、破産会社の再建策及び商品仕入れ等につき活発な論議がされた。

(4) その結果、破産会社は昭和六三年九月一日から平成元年八月三一日までの第一九期決算においては、合計二二億三八〇〇万円を売り上げ、約三億二六〇〇万円の売上総利益を上げるに至った(甲六)。

(5) 以上の経過に照らせば、本件弁済当時、破産会社の経営は、危機的状況から脱していたというべきである。したがって、本件弁済は、債権者を害する偏頗行為ではない。

2  〔争点2〕破産会社は、本件弁済が他の債権者を害することを知りながら、本件弁済を行ったか否か。

(一) 原告の主張

右1(一)のとおり、本件弁済当時、破産会社の経営は危機的状況に陥っていた。そして、破産会社の経理担当者であり事実上本件弁済の実行を決定した訴外天野元暢は、右のような破産会社の状況を熟知しながら本件弁済を行ったものである。したがって、破産会社は、他の債権者を害することを知りながら被告に対する本件弁済をしたというべきである。

(二) 被告の主張

右事実は否認する。

3  〔争点3〕被告が、本件弁済当時、本件弁済が他の債権者を害することを知らなかったか否か(被告の善意)。

(一) 被告の主張

(1) 右1(二)(1)ないし(3)のとおり、破産会社は、完全にチヨダの支配下にあったところ、チヨダは、被告に対し、破産会社に対する全面的支援を確約し、チヨダ、東洋運輸及び被告により本件協定書が調印され、再建委員会、経営委員会及び買付委員会においては、破産会社の再建策及び商品仕入れ等につき活発な論議がされていた。

(2) また、被告は、経営委員会において、昭和六三年一二日二〇日を満期日とする手形目録番号3及び4の各手形にかかる債務の内金二〇〇〇万円につき支払猶予を求められ、そのために必要な社内稟議の手続を行った(乙六)。

(3) しかしながら、被告は、破産会社から、右支払猶予は必要がない旨の連絡を右(2)の支払猶予前の満期日直前になって受け、昭和六三年一二月二〇日、右(2)の各手形全額の支払を受けた。さらに、被告は、破産会社から、同月二六日、手形目録番号9ないし12の各手形についても、同目録番号7及び8の各手形(同月二八日満期)と一括して、満期前に弁済する旨の申し出を受け、同月二八日の右満期日において、右各手形につき、一括して弁済を受けた。このように、被告が、破産会社から、支払猶予の対象手形及び満期到来前の手形について弁済を受けたのは、破産会社からの申し出によるものである。

(4) 以上のとおり、被告は、本件弁済当時、破産会社の再建を確信していたものであり、本件弁済が他の債権者を害することを知らなかった。

(二) 原告の主張

(1) 右三1(一)のとおり、本件弁済当時、破産会社の経営は危機的状況に陥っており、チヨダの破産会社に対する支援の前提となるべき商品の輸入体制等も全く整備されていなかった。そして、被告は、再建委員会、経営委員会等のメンバーであり、右のような破産会社の財務状況等について、十分に知っていた。

また、破産会社には、被告の元従業員である訴外竹中宏が財務上の顧問として入社しており、被告は、同人を通じて、破産会社の財務状況につき知りうる立場にあった。

(2) 被告は、破産会社から右(一)(2)の手形の支払猶予を求められると、破産会社振出しの手形を、より信用の高いチヨダ振出しの手形に破産会社が裏書をしたもの(いわゆる「廻し手形」)に差し替えることを要求し、これを条件として社内稟議の手続を行ったものである。したがって、その実態は、支払猶予というよりも支払確保のための手段というべきものであった。

(3) そのうえ、被告は、支払を猶予した手形及び満期前の手形についても破産会社に対して支払を要求し、右(一)(3)のとおり弁済を受けた。

(4) さらに、従来、破産会社と被告との間の取引においては、満期日を三ないし四か月後とする破産会社振出しの手形によって売買代金の決済がされていたが、石井の自殺後においては、支払条件を現金又はチヨダ振出しの廻し手形による決済に変更するよう要求し、破産会社がこれを拒むと、破産会社に対する納品を拒絶した。

(5) 以上の各事実に照らせば、被告は、本件弁済当時、本件弁済が他の債権者を害することを知っていたことは明らかである。

第三  争点に対する判断

一  破産会社が破産宣告を受けるに至った経緯

前記争いのない事実、証拠(甲一の1ないし19、五の1ないし16、六、八の1、2、九の1ないし3、一〇、一三の1、2、一四、一五、一八、二〇ないし二二、二七の1ないし10、乙一ないし四、六ないし一五、一九、二一、二二、二六の1ないし16、二七、証人片山弘道、同水上博一、同川瀬修平及び同天野元暢)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

1  当事者等

(一) 破産会社は、昭和四五年一一月一四日に設立された履物の輸出入販売等を目的とする、資本金五〇〇万円(同六二年一〇月の増資後)の株式会社であるが、代表取締役であった石井が全株式の五四パーセントを保有し、商品の仕入れ、販売、経営資金の調達等の業務全般を直接取り仕切っており、また、石井以外の取締役等の役員全員がいわゆる名目的であるなど、その実質は石井の個人企業であった。一方、チヨダは、全国一の靴の小売業者であり、東京証券取引所第二部の上場企業であるが、破産会社の全株式のうち四〇パーセントを保有するとともに、破産会社が輸入した商品のほぼ一〇〇パーセントを買い受けていた。

(二) 被告は、日本有数の商事会社であり、東京証券取引所第一部の上場企業である。また、訴外水上博一は、昭和四五年に被告に入社し、本件当時、被告本店合成樹脂第二部主席の地位にあった者、同川瀬修平は、同五二年に被告に入社し、本件当時、同部において破産会社との取引を担当していた者である。

2(一)  破産会社は、商品の国内販売権を独占している輸入総代理店を通さずに、外国の業者から現地で直接買い付けをすることによって商品を輸入するいわゆる並行輸入により商品を輸入していたが、同社には、そのために必要な信用状(L/C)を開設するだけの信用がなかったため、輸出入通関業務及び普通倉庫業務等を業とする会社であって、従来から破産会社が倉庫管理業務を委託していた東洋運輸を介して、被告に対し、信用状の開設を依頼した。そして、破産会社は、昭和六〇年七月から、被告(繊維部担当)が信用状を開設して外国業者から破産会社が希望する商品の輸入を行い、これを東洋運輸が買い受けたうえ、破産会社に転売するという方法で、商品の仕入れを行うようになった。右取引において、破産会社は、東洋運輸から、商品の輸入原価の約一〇パーセント(東洋運輸及び被告の利益は各約五パーセント)増しの金額で商品の仕入れを行っており、右代金は、商品通関許可月から起算して一二〇日後を満期日とする破産会社振出しの約束手形により決済されていた。

また、右取引に際し、東洋運輸は、被告に対し、右取引による東洋運輸の被告に対する債務を担保するため、東洋運輸所有の不動産に根抵当権を設定した。

(二)  その後、破産会社は、被告に依頼して、昭和六二年八月ころから、右(一)の取引に加え、被告(合成樹脂第二部担当)が信用状を開設して輸入した商品を、破産会社が直接買い受ける方法による仕入れも行うようになった。この取引における売買代金については、破産会社に商品が引き渡された日から起算して一五〇日後を満期日とする破産会社振出しの約束手形により決済されていた。

3  破産会社は、右2のような方法によって大量に買い付けた商品を資金繰りのために大幅に安く処分したこと等が原因となって、昭和六二年九月一日から同六三年八月三一日までの第一八期決算において、一一億八五九八万一九六〇円の極めて多額の当期損失を出したことに加え、同六三年一〇月一四日、いわゆるワンマン社長として破産会社の経営全般を掌握していた石井が突然自殺したため、輸入商品等についての最大の情報提供者を失うに至り、同社の経営は危機的状況に陥った。

このような破産会社の状況を知った被告の水上、川瀬及び東洋運輸の片山らは昭和六三年一〇月一九日、チヨダの舟橋社長らと会談したが、この席上、チヨダ側は、破産会社の資金繰りに協力し、破産会社から最低年額三〇億円の商品を購入すること等、破産会社の営業継続を支援することを表明した。その後、チヨダ、被告及び東洋運輸は、破産会社を存続させること、チヨダ、被告、東洋運輸及び破産会社が参加して、破産会社の再建案策定のために再建委員会を、破産会社の営業を継続するために買付委員会を、それぞれ発足させることに合意した。

4  そして、昭和六三年一〇月二〇日から同年一二月一二日までの間に、買付委員会が六回、再建委員会が二回、再建委員会を改称した経営委員会が四回それぞれ開かれ、被告からは、買付委員会には川瀬らが、再建委員会及び経営委員会には水上らが出席した。

このうち、昭和六三年一〇月二〇日に開かれた第一回買付委員会においては、破産会社の仕入れの掛け率等が一応話題になったものの、破産会社の仕入れ状況の把握に大半の時間が費やされ、また、その後の買付委員会においても、主として、石井が、生前既に外国の元売業者との間で輸入の具体的な商談を済ませていたが、いまだ国内に到着していない商品(並行輸入においては、商品の注文を出してから、商品が到着するまでに、二か月から半年の期間を要する。)の仕入れ、販売等についての検討が行われた。その他、買付委員会においては、利益率の低いシンガポールからの高値商品の緊急輸入及び国内のシューズショーへの参加が検討されたことはあったものの、前者は、チヨダによる在庫商品買い上げ後の破産会社の商品不足を補うための一時的な方策にすぎず、後者についても、前者を補うための補助的なものにすぎなかった。

また、同月二四日の第一回再建委員会においては、破産会社から、第一八期の決算報告及び当期損失の発生原因について説明がされるとともに、チヨダ、東洋運輸及び被告が、破産会社の再建に協力することが確認され、同年一一月一〇日、チヨダ、東洋運輸及び被告により、① チヨダが、破産会社の資金繰りに合わせて買掛金債務の期前弁済を実行するほか、在庫商品の買い上げを行うとともに、少なくとも年間三二億円の商品購入を維持すること、② 東洋運輸及び被告が、破産会社に対する売掛金の弁済期の延長に協力するなどして破産会社の資金繰りに協力すること等を内容とする本件協定書が調印された。さらに、同年一一月二二日の第四回経営委員会においては、破産会社から、チヨダが年間三二億円の商品購入を行うことを前提として作成された損益計算書(甲一の13及び15)及び損益計画表(甲一の14及び16)が提出された。

5  しかしながら、本件協定書の調印時において、その内容を実現するための方策については、具体的に決定されていたわけではなかった。また、チヨダの三二億円の商品買上げについては、破産会社がこれに見合った商品の仕入れを行うことが前提となっていたところ、右2の各商品輸入ルートについては、被告及び東洋運輸が破産会社に対し後記四2(四)のとおり決済条件に変更することを要求したが折り合いがつかず、破産会社と右両社との間で新たな取引が行われないような状況であった。さらに、破産会社の商品仕入れルートについては、第一回買付委員会において、再建委員会で具体的に打合せをするものとされていたが、再建委員会及び経営委員会においては、東洋運輸から、破産会社の仕入れコストを削減するため、破産会社が東洋運輸を除いたルートで商品の輸入を行ってもよいとの申出がされたことはあったものの、どのような商品を、どのようなルートで新たに輸入するか等について議論されたことは全くなかった。一方、破産会社が、海外からの輸入に替えて、国内商品の仕入れにより多額の売上を上げることも、極めて困難な状況であった。このように、破産会社が年間三二億円を売り上げることの前提となる破産会社の商品仕入れルートは、全く確立されていない状況にあった。

6  破産会社には、昭和六三年一二月に約三億円の経営資金不足が生じることが予想されたため、破産会社は、同年一一月ころ、東洋運輸に対して合計二億三〇〇〇万円余り、被告に対して合計二〇〇〇万円の手形の支払猶予をそれぞれ求め、さらに、同年一二月二一日ころ、東洋運輸に対し、再び右合計二億三〇〇〇万円余りの手形の支払猶予を求めた。また、同年一二月一日時点の買掛金、支払手形及び銀行借入等の債務(割引手形を除く)の総額は合計一八億円余りとなる見通しであったが(甲一の17)、破産会社は、第四回経営委員会において、その債務を五年間で分割弁済することを内容とする返済案(甲一の18)を提出した。

7  一方、石井の死亡により、破産会社の業務継続のためには新たな代表取締役の選任が必要となったため、チヨダ、被告及び東洋運輸の間において、その人選がすすめられたが、右三社とも、石井に代わる新たな代表取締役を自社から出すことについては消極的であった。しかし、結局は、破産会社の最大口債権者である東洋運輸から代表取締役を出すこととなり、当時、同社の取締役経理部長の地位にあった片山弘道が、昭和六三年一一月、破産会社の代表取締役に就任した。しかしながら、片山は名目的な代表取締役にすぎず、破産会社の事務所に出社したこともなければ、同社の業務に携わったこともなく、石井の死亡後の同社の営業及び経理等の各事務は、事実上、担当従業員により場当たり的に処理されていた。

8  昭和六三年一二月一二日の第六回買付委員会以後は、経営委員会及び買付委員会は開かれなくなった。破産会社は、従業員の数を減らして経費節減を図るとともに、東洋運輸等の債権者から支払期日の延長を受けるなどして、在庫品の処分、石井の生前に輸入が決定されていた商品の輸入、チヨダの信用により破産会社が信用状を開設してする商品の輸入及び国内商品の仕入れ販売等の業務を平成元年八月ころまで継続していたが、同年一月から八月までの間の商品の仕入高は、合計五億四〇〇〇万円余りに止まっていた。そして、昭和六三年九月一日から平成元年八月三一日までの間の決算期(第一九期)における破産会社の当期利益は一億四六〇〇万円余りとなったが、右利益のうちのかなりの部分は、関税等の仕入れコストのかからない在庫品の処分によりもたらされたものであったうえ、石井の死亡による生命保険金等の雑収入(合計一億七九〇〇万円余り)を除けば、なお三〇〇〇万円余りの当期損失が生じる計算であり、破産会社の欠損金も、なお一〇億円余りに達していた。このような状況のもとにおいて、平成元年八月末から九月初めにかけて、片山を除く破産会社の取締役及び監査役が相次いで辞任するとともに、同年一〇月には、同社の従業員全員が退職の意思を表明するに至り、破産会社はその業務を停止した。

そして、同年一一月三〇日及び一二月一日に、破産会社振出しの手形が不渡りとなったため、東洋運輸は、東京地方裁判所に対し、破産会社の破産申立てを行い、同二年一月一〇日に破産会社の破産宣告がされた。

以上の事実が認められる。

二  争点1(本件弁済当時、破産会社が危機的な状況に陥っていたか否か)について

右一において認定した事実、特に、① 第一八期決算における多額の当期損失及びいわゆるワンマン社長であった石井の死亡により破産会社の経営が危機的状況に陥ったこと、② 破産会社が年間三二億円の売上を上げることが本件協定書による破産会社再建のための根幹をなしていたが、そのための前提となる破産会社の商品仕入れルートは確立されていなかったこと、③ 破産会社においては、昭和六三年一二月に約三億円の資金不足が生じることが予想されるなど資金繰りは極めて苦しかったこと、④ 石井の死亡後に破産会社の代表取締役に就任した片山は名目的な代表取締役にすぎず、破産会社の業務は、同社の残った従業員が場当たり的に行っていたこと、⑤ 本件弁済以後の破産会社の商品仕入額は約五億四〇〇〇万円にとどまったこと、⑥ 第一九期決算においても、破産会社の欠損金はいまだ資本金の二〇〇倍以上の一〇億円余りであったこと、⑦ 平成元年一一月三〇日及び同年一二月一日に破産会社振出しの手形が不渡りとなり、同二年一月一〇日に、破産会社につき破産宣告がされたこと等の事実を総合すれば、石井の死亡後の破産会社は、営業活動は継続していたものの、その実態は、手形の支払期日の延長、在庫商品の処分等によって、単に延命措置を図っていたにすぎず、経営は末期的症状を呈していたものと認められる。したがって、本件弁済当時、破産会社は、危機的状況にあったものというべきであるから、右状況のもとでされた本件弁済は債権者を害する行為に該当するというべきである。乙二四、証人水上博一及び同川瀬修平の各証言中、右認定に反する部分は採用することができず、他に、右認定を左右するに足りる証拠はない。

三  争点2(破産会社の悪意)について

右一及び二で認定した事実、並びに証人天野元暢の証言によれば、本件弁済当時、破産会社の経理担当責任者であった天野は、破産会社の経営が危機的状況にあることを熟知しながら、本件弁済を行ったものと認められる。したがって、破産会社は、他の債権者を害することを知りながら本件弁済をしたというべきである。

四  争点3(被告の善意)について

1  本件においては、証人水上博一及び同川瀬修平が被告の主張に沿う証言をしており、また、前記認定事実及び乙六、七によれば、破産会社のほぼ一〇〇パーセントの商品販売先であり、その株式の四〇パーセントを保有していたチヨダが、破産会社に対する支援の意思を表明し、チヨダ、被告及び東洋運輸により協定書(甲一の10)が調印されたこと、再建委員会、経営委員会及び買付委員会が開かれ、破産会社の資金繰りや既に外国の元売業者との間で具体的な商談が済んでいた商品の輸入等が話し合われていること、被告は、破産会社に対する二〇〇〇万円の手形についての支払猶予の手続を行い、さらに、東洋運輸が破産会社に対して手形の支払猶予を行うことを援助するため、東洋運輸に対する手形の支払猶予の社内手続を行っていること等の事実は認められる。

2  一方、前記一で認定した事実、証拠(前記一の冒頭の各証拠、甲七の2、3、乙六、七、一七の1及び2)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(一) 被告は、買付委員会、再建委員会及び経営委員会の主要なメンバーとして、破産会社から同社の財務諸表、資金繰表等の資料を交付されたうえ、その財務状況等についての説明を受けるなどしており、① 昭和六三年一二月に約三億円の資金不足が生じる見込みであり、その資金繰りは極めて苦しいこと、同月一日時点の債務の総額は、なお合計一八億一四二二万円余りとなる見通しであること等の破産会社の財務状況、② 商品仕入れルートが全く確立されていない状況であること等の破産会社の営業状況、その他破産会社の内部事情について、十分な知識を有していた。

また、再建委員会及び経営委員会に出席していた被告従業員の水上、同じく買付委員会に出席していた川瀬の両名は、本件弁済当時、債権の回収方法等につき十分な知識経験を有していた。

(二) 被告は、本件協定書の調印により、破産会社の資金繰りに協力すべき立場にあったところ、破産会社から、右一6のとおり、昭和六三年一一月ころ、同年一二月二〇日を満期とする手形のうち二〇〇〇万円について支払猶予を求められるや、同社に対し、単に右手形の支払期限を延長するのではなく、これを支払確実なチヨダ振出しの廻し手形に差し替えるように要求し、これを条件として、右手形の支払期日延長の社内手続を行った。なお、被告は、右四1のとおり、東洋運輸に対する手形の支払期日延長の社内手続も行ったが、被告の東洋運輸に対する債権については、その支払を担保するために、先に東洋運輸所有の不動産に根抵当権を設定し、支払確保の措置は既に講じていたものであった。

(三) その後、川瀬及び被告の元従業員で、本件弁済当時、破産会社の顧問の地位にあり、経営委員会等に提出する再建計画案等の書類作成にもかかわっていた訴外竹中宏は、天野に対し、昭和六三年一二月ころ、右(二)で支払期限を延長したはずの二〇〇〇万円分の手形についても、当初の満期どおりの支払を求め、その結果、被告は、破産会社から、同二〇日に右各手形全額の弁済を受けた。さらに、川瀬及び竹中は、天野に対し、手形目録番号9ないし12の各手形についても、同月二八日満期の同目録番号7及び8の各手形と一括して決済するように求め、その結果、被告は、破産会社から、同月二八日に右各手形の全部について支払を受けた。

(四) 被告は、破産会社に対し、従来は同社に商品が引き渡された日から起算して一五〇日後を満期日とする同社振出しの約束手形により売買代金の決済をしていた取引について、その決済条件を現金払又はチヨダ振出しの廻し手形とすることを要求した。そして、平成元年二月二日及び同年三月二四日の取引については、右同日に現金で決済され、同年四月二一日の取引においても、その一八日後の同年五月八日に現金で決済された。

(五) 前記のとおり、破産会社の再建のためには、チヨダへの年間三二億円にのぼる商品の売却が必要であり、それに対応する仕入れを確保するためには、豊富な知識と経験を有する被告の協力が不可欠であり、被告もこれを十分認識していた。ところが、被告が主要なメンバーである経営委員会及び買付委員会は、被告が本件弁済を受けた以後は全く開催されず、しかも、前記決済条件が変更されたために、破産会社が独自に信用状を開設して商品を輸入せざるを得なくなった。被告は、本件弁済を受けた後、破産会社の再建には必ずしも積極的、協力的ではなかった。

以上の事実が認められる。

(六) なお、右(五)の点につき、証人水上博一は、前記各委員会が開催されず、被告がその招集を受けなかったため出席しなかったものであり、その理由は、被告や東洋運輸に対する手数料を節約するために、破産会社が被告を経由せずに仕入れをしようとしたためであるとの趣旨の証言をする。しかしながら、前記のとおり破産会社は、実質上石井が一人で取り仕切っていたワンマン会社であるから、同人が死亡した後は、同社が独自に商品の仕入れをする十分な能力があったとは認められず、現に、本件弁済以後の商品仕入額が前記のとおり約五億四〇〇〇万円にとどまったことにも照らすと、破産会社が被告の協力を必要としなくなったとの趣旨の右証言はにわかに信用することができない。

3  右2で認定した事実に照らせば、右1の認定事実及び証拠のみでは被告の主張を認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠もない。

この点、被告は、右2(三)及び(四)について、① 右2(三)の手形の弁済は、破産会社から被告に申し入れがされたものであって、被告側から破産会社に対して要求したことはなく、また、② 被告の方から、破産会社に対し、右2(四)のような決済条件を要求したことはない旨主張し、証人水上博一及び同川瀬修平はこれに沿う証言をしているが、右各証言は、右二で認定した本件弁済当時の破産会社の経営状況等を最大口債権者の東洋運輸への支払状況(甲五の1、証人片山弘道)及び証人天野元暢の証言に照らし採用することができず、したがって、被告の右主張も採用できない。

五 以上より、本件弁済は、いずれも破産法七二条一号により否認されるべきものと認められる。なお、否認権行使による原状回復義務の不履行に基づく遅延損害金の起算点は、当該否認されるべき行為の時であると解される。

第四  結論

以上の次第で、原告の請求は理由があるからこれを認容し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官河野信夫 裁判官角隆博 裁判官田中一彦)

別紙手形目録

番号 額面金額 支払満期

1 二四万三一五五円

昭和六三年一二月 二日

2 七八万九三一五円

同 年一二月一五日

3 三八八万二九三九円

同 年一二月二〇日

4 五〇〇〇万〇〇〇〇円

同 年一二月二〇日

5 一〇二万七三四〇円

同 年一二月二一日

6 九〇万二五〇六円

同 年一二月二二日

7 四二五万七六九一円

同 年一二月二八日

8 四一三万八三二九円

同 年一二月二八日

9 二六〇万二八七九円

昭和六四年 一月 四日

10 九四一万五七九二円

同  年 一月 四日

11 二二〇万四九七三円

同  年 一月三一日

12 一〇六万三九四八円

同  年 二月二二日

額面金額合計 八〇五二万八八六七円

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